木の駅10年と木の駅センサスについて

 兄弟木の駅会議 代表 丹羽健司

 

「もし全国に木の駅が100もできたら、日本は山村から変わるにちがいない。」

そんなことを何度も何度も妄想し、吹聴した。

山の荒廃、商店の消滅、地域そのものの存続危機という山村が共通に抱える悩みを持つ地域に木の駅は急速に普及した。山村で中学校区くらいのエリアで木の駅実行委員会なるものが発足し、そこで毎月定例の会議が開催されて、出荷者や店舗のみならず関心のある人たちが集まり、木の駅の運営のことから地域づくりまでが話し合われて決定される。これまで役場などで決められたことが地域におろして説明されて粛々と進められていくのが当たり前だったのが、木の駅で変わり始めた。木の駅への原木出荷ルール、地域通貨の運用ルール、出荷仲間を増やす算段、移住者や若者への研修会プログラム、公共施設への薪ボイラー導入ロードマップなどなど議題を一つずつ決めていく。意見が分かれたらとりあえず多数決で決めて実行、具合が悪ければまた変えていくだけ。一人一人の発言や挙手が運営に反映されていく実感。そんなことの繰り返しの中で、参加者たちは「俺たちの村のことは俺たちで決めていいんだ、決められるんだ」という自治する面白さや醍醐味を実感していく。そんな木の駅が100もあったら…と。 

● 兄弟木の駅会議

未利用間伐材を集めて地域通貨で相場より少し高い価格で買い取るだけと考えられてきた仕組みが、2010年の岐阜県恵那市をはじめ鳥取県智頭町、豊田市旭地区などと新しく誕生するたびに上述の自治的な取り組みに進化し、地域を大きく巻き込み始めた。その後も自称他称を問わず木の駅らしきものが全国で増え始め問い合わせや依頼が急増した。それまでも木の駅の立ち上げ方や運営法、使用する書類様式や規約、地域通貨運用方法などを雑誌・書籍やWEBで開示提供することで全国どこでも誰でも気楽に始められるように工夫してきた。しかし、立ち上げや運営の悩みや苦労だけでなく新たな工夫や思わぬ成果なども共有できる仕組みと仲間作りの必要を痛感して「兄弟木の駅会議(通称:木の駅会議)」と組織化して「木の駅サミット」(計8回)を開催し、近畿地区や東北地区などでのブロック会議(計13回)で各地の木の駅が自主的に連携しながらブロック会議も開催され、木の駅立ち上げや運営上での「自慢と葛藤」が和気あいあいと披露され交流を深めあってきた。

● 木の駅サミット

2009年の恵那市での木の駅発足から10年の2019年、全国の木の駅を指折り数えるとおおよそ90ヶ所弱になっていた。それまでは問い合わせなどを通じて新しい木の駅もたいてい把握できていたのが、もはや困難になっていた。木の駅会議に寄らずともWEBや書籍を活用して各地で木の駅が誕生しはじめた、これは無上の喜びだ。一方、現場事故の報告や形骸化した木の駅の噂を耳にするようになった。木の駅の数は100に少し近づいたものの、そこに自治はあるか、事故はないか、醍醐味はあるか…それが気がかりになっていった。かつて2015〜2016年に年にサミットやブロック会議を通して「木の駅センサス」〜全国の木の駅すべてに対する実態調査〜を実施したことはあるがもっと丹念に訪問してヒヤリングしたいと思った。

木の駅センサス2015のまとめは下記のとおりだった。

〜〜「小さな村の大きな自治再生」より抄録 〜〜 

これらの多様な木の駅に対してのヒヤリングと議論の結果、「持続可能な地域づくりにつながる木の駅」像とは、「地元を愛する多様な人びとが、頻繁に寄り合い、民主的に議決と実行ができ、学びの場が用意されている木の駅」だった。「持続可能な地域づくりにつながる木の駅」の存立や持続の要件には、出荷者数や出荷数量、商店数、買い上げ価格や逆ザヤ補填、行政関与度、出荷先の多寡などは無関係であった。

つまり逆の、出荷者や商店に決定権・議決権がなく、自由に話し合う会議が開かれない木の駅は、丸太がいくら高く買いあげられても、どんなに簡単に出荷でき、どんなに効率的に事務処理がなされても、愉しくもなく、地域に新たなコミュニティを築くことはできないということである。

また、「持続可能な地域づくりにつながる木の駅」運営の要諦は、次世代へのバトンタッチに思いを馳せることである。その工夫を始めている駅はすべて元気がよくて楽しそうなのだ。「子ども木の駅」の試行や「小学校の森の健康診断」、地域通貨のデザインを小学校の宿題にしたり、きめ細やかに涙ぐましいほど子どもたち=孫の世代を山に向き合わせようとしている。また、商店との関係も、地元のお店をこれ以上減らさないために、地元のお店でもっと買い物をしてもらうためにはどうすればいいか、を思いやり溢れる知恵を絞っている。山を持たないアイターン者に対しても同じだ。山を持て余している高齢山主を紹介したり、山仕事を教えたり、中古林業機械を融通したりしている。このように木の駅で「山の仲間づくり」が始まっている。

 今回の木の駅サミットや一連のブロック会議では、それに至る苦労の自慢話に花が咲いた。また、集荷量や出荷者数の多寡を競うのでなく、あたかも木の駅そのものの楽しさや、木の駅が地域を変えていく醍醐味を競うようになっていることがそれを証明しているように思える。

 http://kinoeki.org/modules/pico2/index.php?content_id=48 〜〜〜

● 木の駅センサス2019

この間、毎年数件の卒業論文はじめ各種の研究論文向けのアンケート調査協力依頼が、個別の木の駅や木の駅会議あてに届いていた。その調査の多くはメール調査(木の駅ポータルサイトでは登録木の駅の連絡先アドレスを開示している)によるものだった。その中で専修大学の泉留維教授らからのオファーは現場へのこだわりと地域通貨に対する見識において他とは違っていた。広島での第7回木の駅サミットでも地域通貨への取り組み方については大きな課題となり、その先進地である岐阜県高山市での第8回木の駅サミットにもつながった経緯もある。そこで、泉教授グループは地域通貨にフォーカスした定量的調査を、丹羽(木の駅会議)は定性的調査を担いながら下記のとおり共同調査を行うこととなった。

(1) 調査対象:

WEBや雑誌などでの情報収集の結果、木の駅らしきものは74カ所あった。自称他称にかかわらずいわゆる「木の駅」の定義を以下のようにした。

兄弟木の駅会議として、原則的な木の駅の条件は以下の3点と言える。

  1. 実行委員会など自治的な運営をしている。
  2. 地域通貨を自主発行している。
  3. 間伐促進など森林整備や地域振興に寄与している。

しかし今回は、,砲弔い討蝋埓やNPO主導もやむなし、△砲弔い討話楼莨ι雰瑤發笋爐覆掘文酋盪拱Гぁ振込は対象外)とし、加えて実態やアプローチ及び協力体制などを考慮してヒヤリングを行った。

ヒヤリングは南は熊本県五木村から北は青森県新郷村まで対面ヒヤリング調査は40箇所、電話によるヒヤリング調査は6箇所で計46箇所となった。

(2) 実施体制:

兄弟木の駅会議の代表である丹羽健司を中心として、泉留維(専修大学経済学部 教授)および中里裕美(明治大学情報コミュニケーション学部准教授)の計3名 で実施した。

(3) 調査期間:

2018年7月から2019年9月(ただし2020年7月に追加調査を実施)

(4)調査手法:

「木の駅」の利点や課題等といった定性的なものについては訪問面接法(40ヶ所:電話調査も含めると46ヶ所)、地域通貨発行量や使用先等の定量的なものについては訪問配布・郵送回収法(調査票の回収率:98%(46ヶ所配布、45ヶ所回収))

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(注1)なお本ページは、定量調査の結果(一部)を掲載

(注2)調査結果は2019年5月末時点のもの

(注3) 定性調査(ヒヤリング)については、本ポータルサイトで後日公表の予定